FC2ブログ

天皇にとって退位とは何か 本郷和人

天皇陛下の生前退位と皇室の歴史が簡潔に書かれていてわかりやすい。
現代を生きる私たちが行動する上での基準は法律や憲法である。
では天皇の行動とはどういうものが判断基準になるのか。それは
先例主義を非常に重視している。

生前退位を可能にするため今後、皇室典範を改正していく場合、本来
なら先例が大切になってくる。これまでの歴史を顧みる作業が欠かせない。
当然歴史学者が発言する必要性がある。世間一般で天皇家の伝統に
ついて言及する際に明治維新以降150年ほどの歴史を前提にしただけの
発言が多い。しかし平安京へ遷都してからも一千年の歴史がある。

歴史的に考えた場合、権力者にとって何が一番大事な権利や権限で
あるのかと考えると、自分自身の判断で後継者を決めることである。
後継者を誰にするかは非常に大きな問題である。自分の意思で退位
することができれば必然的に後継者問題が発生し、それに対して発言力
を持つことになる。やめた場合に誰が次の天皇になるのかという問題が
非常に大きい。そういう際に政治利用されないようにするというのが
皇室典範を作成する際の思想的な本質である。それが意味するものは
明治政府を作った元勲たちがどのような天皇像を求めていたのか。
位を巡って政争が起きることは絶対に防ぎたいと考えた。

皇室典範を改正するということは、皇室について様々な考えの人がいる
状況で、女性天皇や女系天皇についてなどタブー視せず広範かつ国民的
議論をし象徴天皇制のあり方を模索していくことにつながる。

日本は江戸幕府の統治のもとでは各藩バラバラで一つの国家という
意識は非常に弱かった。その日本をひとつにまとめるためのシンボル
として明治政府は天皇という存在を守り立てていこうとした。
明治政府としてはもう一度朝廷の力や権限を担ぎ出されたくはない。
天皇が政治利用されることを極端に恐れた。

明治政府には、これまでの日本権力者と異なる姿勢が一つだけあった。
それは世襲をしなかった政府であるという点です。自分たちの権力を
子孫に移譲しなかった。彼らなりに日本の国をどう繁栄させるか真剣に
考えた結果だった。そこで唯一世襲が認められたのが天皇である。

実在が確認されている天皇のほとんどが生前退位している。
むしろ終身天皇の方がめずらしい。第50代くらいまでだと女性と高齢
な天皇が多い。しかるべき人を無事に即位できる時期がくれば生前
退位をして譲位することを前提にしている。50代以降になる藤原氏
の台頭が影響しており、その後の院政政治のための生前退位となる。

南北朝時代、持明院統と大覚寺統とに天皇家が分裂する。
その背景には鎌倉幕府という全く異なる立場の権力が天皇家に影響
を与えていた。伝統に支えられた天皇家はいまだに厳然たる脅威だった。
それならば二つに割ってしまおう。お互い争わせよう、そのうえで鎌倉幕府
は双方へ影響力を強めていった。この頃は生前退位が定番化した。

その後、戦国時代は生前退位は許されなかった。日本の歴史において
最も天皇家が経済的苦境に立たされていたからだ。それまで室町幕府の
足利家が最大のスポンサーだったが、それが傾いてしまったためスポンサー
不在の時代だった。その後、江戸時代は幕府に権限が集中し、天皇の権力
は無力化されていった。唯一、元号と暦を制定する権限があったが
それも渋川春海の登場により幕府発で暦や天体を見る方法をつくってしまう。

生前退位の4パターン➀摂関政治のなかで対藤原氏対策として退位
➁天皇家の中の争いで後継者を定めるための退位③武家や幕府の影響
で退位を求められる④女性や高齢者が中継ぎ的に即位し、後継者が定まる
と退位のケースに分けられる。

乙巳の変、大化の改新より天智天皇、天武天皇、持統天皇のあたりで
天皇家は他の豪族より優越する絶対的な存在なのだと理論武装が
なされる。それが日本書紀や古事記などの神話である。
聖武天皇仏教にも祝福される天皇ということで国分寺、東大寺などを
つくり、神と仏を車の両輪のように働かせて日本の国は守られている
神仏を祀る存在としての天皇の地位を確立していく。また統治方法に
律令制を導入。天皇家を中心に一つの言語を使う、一つの民族が
一つの国家を形成するということになっていく。

時代を追って生前退位が多くなったのは天皇の傀儡化が進んだ。
また武士が圧倒する軍事力を持ちながら天皇家を滅ぼれなかった
のは、朝廷が行っていた土地所有の仕組みを否定して、独自の
土地所有の仕組みを作り出すことができなかったことにある。
土地所有をはっきり認める公権力はなく、天皇、貴族、自社、幕府
など細切れに保障する状態だった。

国家権力がどう表れていくのか考えると、代表は軍事である。
日本が攻められたとき誰が戦うのか。誰が外交をするのか。そうする
とどう考えても朝廷ではなく幕府に外交権があった。

天皇が再発見されたのは江戸時代の儒学の発展である。
儒学は上下関係を重視する。名分論はその上下関係や身分秩序
を確定するための理論に過ぎない。儒教を学ぶと、藩主の上に将軍
がいて、そのうえに天皇がいることを認識する。

水戸朱子学を中心とする尊皇の考え方も普及していく。
尊皇の考え方が広まっていくと、将軍は一時的に政治を預かって
いるにすぎない。大政(日本の政治を行う)を預かっている存在に
すぎないという考え方も出てきた。尊皇攘夷とは天皇を掲げて
外国に対抗しようという概念が生まれてくる。

古代の天皇のように自ら兵を率いて軍事行動をとっていれば
どこかの戦に敗れ滅ぼされていた可能性は高い。
ですが、武力を持たない権威や別次元の存在として君臨できた
からこそ万世一系が保たれた。

日本人は世襲が好きだ。世襲のいいところは権力争いが激しく
ならないため、非常に穏やかに権力継承が行われる。

天皇について非常にわかりやすく簡潔にまとまっていていい
本だと思います。
スポンサーサイト

国土が日本人の謎を解く 大石久和

その国の国民性は地理や環境に大きく影響を受けるということを
丹念に検証した本です。民族の経験が民族の個性を規定する。
日本人であることへのこだわりを捨てて国際人として振る舞える
わけがないと著者は主張しています。

日本人は歴史とは流れていくものであると考えている。
大災害を経ることで、この国では過去は現在や未来につながらない。
逆にヨーロッパは歴史が積み上がって街にあふれている。
ここに流れる歴史と積み重ねる歴史の違いがある。

日本は人が何もしなくても地震によって全て崩れてしまう。
ヨーロッパでは人が何かをすることによって何かかが変わる。
ここに天為の国と人為の国の違いがある。

また日本とヨーロッパを比較するうえでの違いに死生観がある。
災害死史観と紛争死史観である。
愛する者の死が恨む相手がいないのと、いるのとでは大きく違う。
諦めて死を受容するのか、恨み抜いて復讐の誓いを立てることで
その死を受容するしかないのかという違いである。

何を経験し、何を経験しなかったのか見るとその民族の特徴が
わかる。

日本人を育んだ国土。日本は厳しい自然条件が重なり合う。

➀不便な国土 複雑で長い海岸線と細長い弓状の列島
②一体で使いにくい。四島に分かれた国土の主要部分。
③分断される。脊梁山脈の縦貫
④土砂土石流災害が襲う不安定な地質
⑤可住地が分散。狭く少ない平野
⑥近代的土地利用がしにくい。軟弱地盤上の都市。
⑦世界の大都市にない弱点。大地震の可能性。
⑧水を治めきれない。集中豪雨。
⑨建設コストが上がる。強風常襲地帯。
⑩豪雪地に大人口。広大な積雪寒冷地域。

我が国は地震、噴火、風水害によって多くの人が死んだ。
世界の人々は大量殺戮の歴史といっていい。
だから大変な費用と労力を使った都市城壁がつくられた。

都市城壁で外敵から安全に暮らすには市民としての義務
と責任を果たす。いざというとき城壁内での暮らしを守る
責任。また城壁内でトラブルなく過ごす責任。
兵士、武器職人、工夫などそれぞれが職務の責任を果
たして城壁内を守る。そして成分のルールを決め、守る
人のみ城壁内で暮らせる。つまり私に優先する公の発見
がされたということだ。

日本人は縄文時代から江戸時代まで人口400~500人
の小さな共同体で暮らす人が多かった。そして集落の中
で全戸参加の話し合いによって物事を決めていった。
何事につけても集落の単位で行動し、決定する。
何でも一緒に行うことで問題を解決してきた。
そこから我々は共を発見した。共々あることを何より尊び
喜ぶ文化、話し合いで決まったことが何より優先される
融合の文化を生んできた。

公というのは、バラバラに独立した個を、責任主体として
の個は個としたまま、集合化するための論理や知恵である。
共は一人一人が個というものを打ち消して、隠しきって、
一体となって溶け合い全体がひとつになっている。

中国は公を発見しておらず、その代わりは権力だった。
中国は民族の移動や対立が激しく、定住型の社会をつくる
ことができなかったゆえに社会の原点は国家権力である。
中国の法治主義とは、上級権力者が下級権力者に自分の
意思を忠実に実行させるための規制にすぎない。
国家権力を超越し、そこから独立し、それをも支配下に置く
ような普遍的な法体制はない。

社会体制が権力を規定するのではなく、権力が社会体制
を規定する。権力が社会体制にあるのではなく、社会体制
が権力の下にある。中国の秩序をつくっているのはむき出し
の権力である。

➀社会秩序は常に強い政治性または権力性を有している。
②社会秩序は常に強い物理性を有していて、個人の時間や
  空間を最大限にまで制約するシステムである。
③このような社会秩序はその幅・範囲が権力側の判断で
  しばしば大きくなったり、小さくなったりする。

ヨーロッパ等においては思考を形作ったのは大量虐殺である。
人は愛する者の死に直面するとき、もっともものを考えると
思われるのが、紛争で大量に殺されるときだ。
作戦がまずかったのか?相手より兵力が少なかったのか?
練度が足りなかったのか?武器が悪かったのか?など。
負けた理由から、合理的な思考によって、新たに作戦の
立案などを工夫した。紛争のたびに反省し、思考の論理性
を磨いていった。だから長期戦略や情報戦略などが発達
していった。

対して日本人は情緒と感情の民である。

最近、日本では個の強要が行われている。
それぞれ個はあるが、それを隠して職務を遂行していく
ことに日本の特徴がある。それが個を主張するように
なったら、それを磨いてきた欧米などには勝てない。

地政学にも通じる興味深い内容でした。
今後、日本と外国を比較するうえで指標になる物の見方
だと思います。

日本人はなぜ成熟できないのか 曽野綾子 クライン孝子

・不幸はれっきとした私有財産 曽野綾子

・戦争がドイツを大人にした。
 ドイツは戦後、米ソ英仏の4カ国に占領され、東西に分断され、そこへ各国が
 それぞれの政治体制を持ち寄って、ドイツを切り刻もうとした。
 この過酷な運命によってドイツは鍛えられた。
 また戦勝国はドイツ人を洗脳しようとした。ドイツ人も洗脳したふりをして、他国
 の制度に染まって人間の根源まで変えられるほど、魂を抜かれるほど愚かでは
 なかった。クライン孝子

・悪は存在しているから学ばなくてはならない。曽野綾子(戦争について語ったもの)
 私たちはすべてのことから学べる。悪からも善からも、実からも虚からも。
 狭い見方敵である。悪だからといって拒否してしまうと、私たちはそこから
 何一つ学ぶことはできなくなる。悪は善と同じくらい存在を正視すべき。
 
・ひとりの人間としていかに自己実現するか クライン孝子
 
・勇気を育てなかったために、人間の精神は育たなかった。曽野綾子
 勇気はギリシャ語でアレーテーと言い、それは同時に力、男らしさ、徳、奉仕、貢献
 卓越の全てを意味した。つまり勇気のないところに、力も、男らしさも、徳も、奉仕も、
 貢献も、卓越したものもない。人が言うから考えを簡単に変えて、その通りにする
 のは奴隷の思想である。自分が本当に納得しなければその通りにしないのが人権
 というものですし、周りがどう言おうが、私はこう生きますという譲れない部分を持つ
 のが、その人らしさです。勇気がなければ自分らしく生きるなんてことはできない。
 自由は制度によって得るものではなく、人間の勇気に支えられた眼力によって獲得
 していくものである。

・疑う勇気を持たなければならない。曽野綾子
 人間は100%完璧には理解し合うことはできない。
 日本人は社会と人間に対して不信を持つ勇気がない。
 人間というものは、なかなか相手を知りえないというおそれを知らない。

・対立を嫌うおぼっちゃま クライン孝子
 対立を嫌って、そこでなるべく穏便に事を解決しようとする日本人はお人好しというか
 だらしなさが前面に出てしまう。日本はきちんと主張すべきを主張しないとバカにされる。
 論争を恐れず、打ち合わないと妥協も調停も生まれない。どこまで対立という形で解決
 を探ることができるのか考える。

・この世に正解はない。曽野綾子
 日本人は対立を嫌うのではなくオール・オア・ナッシングなのです。
 その中間のあいまいな部分の存在意義を認めない。
 しかし、この世のすべてのものは対極のモノの中間です。
 だから最善、最悪というものはほとんどなく、いつもベターと思われるもので生きるほかはない。

・忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと、思ってはならない。
 報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると思ってはならない。マキャヴェリ。

・教育は強制から始まる。曽野綾子
 大人たちが適切な愛情と厳しさで接することなく、ただ自由がいいと甘やかせた結果が
 戦後日本人の幼児化につながっている。

・食卓は社会訓練の場 曽野綾子

・嘘のつき方を教えるドイツの親 クライン孝子

・裏表があるのが大人 曽野綾子

・逆境は子供を鍛えてくれる最強の教師 曽野綾子

・原点を忘れると人間としてのバランスを失う。曽野綾子

・物は最後まで使い切る。クライン孝子

・子供に教えるのは親しかいない。曽野綾子

・差別が人を鍛える。クライン孝子

・人間は平等でも公平でもない。曽野綾子

・神はその人にしかできない仕事を与えた。 曽野綾子

・対話、討論、話術の教育の成果 クライン孝子
 
・違う意見もまた正しい。曽野綾子

・人間にも国家にも必要なのは徳の力 曽野綾子
 道徳の基本は他人を思いやることです。

・損ができなくてはいけない。曽野綾子

・不満の持ちようがない足し算の幸福 曽野綾子
 ないものを数え上げるのではなく、今あるものを喜ぶ。
 出発点を低いところに置くと、わずかなものでもあれば
 ありがたいと思い、いくらでも足し算ができる。

・与えることが大人への道 曽野綾子






 

日本人はなぜ大災害を受け止めることができるのか 大石久和

1.日本人と日本人以外とを隔てるもの

国土学の視点を得て、世界の人々がどのようなものを国土の上につくってきたのか興味を持って調べて
みると、世界のどの民族も最大の力を傾注してつくったけれども、日本人が作らなかったものは、都市城塞
と国土を従横断する長城です。彼らは巨大で強固な城壁で囲われなければ安全に暮らせないという経験
を繰り返してきた。その経験とは殲滅の意志を持って突然襲い来る大量虐殺をともなう敵の攻撃だった。
我々日本人はその経験が皆無で、その代わり地震、津波、火山噴火、台風、洪水、風災といったもので
多くなくなるという経験を繰り返していいる。

そういうことで、西欧においても中国においても革命を成立させたり、理念を貫徹するためには、大量死が
あってもやむを得ないと考えるのが世界なのです。

日本には大量殺人をともなう宗教間の争いがなかった。

先進国で平和な時代が長く続いたのは日本だけ。

それまでの時代にはなかった統治統制の3つの思想と手段を発明したのがジンギスカンである。
第一は大量報復思想、第二は信仰の自由、第三は世界の発券(グローバリズム)

日本人の多くが死んだのが自然災害だった。自然やお天道様を恨んでも仕方がないです。
誰かを恨もうにも恨むことができない死でした。私たちはこの死を諦めとともに受け入れ
死とは受け入れざるおえないものだとする民族に育った。
反対に大量虐殺にさらされた中国、西欧は復讐の機会を伺い、必ず相手を探して殺戮せよ
という考えが基本にある。

・日本国土の10の特徴

①細長い国土形状

国土が細長く極めて使いにくい。

②四つの島に分かれている

国土を一体化するには大変に困難な事業になる。
ドイツやフランスは円形に近い塊になっている。

③脊梁山脈で南北が分断されている

太平洋側と日本海側の両地域は距離的には近いのですが、一体的に使えない。

④河川で細かく分断されている

平野そのものが国土面積に対しての比率が極めて小さい。
低地で13%、台地で12%合わせて25%程度です。
日本は国土面積38万平方キロに対して可住地は10万平方キロしかない。
ドイツは36万平方キロに対して24万平方キロ、イギリスは24万平方キロに対して21万平方キロである。

大都市全てが大河川の河口部にあるので大きな洪水の可能性がある。
大きな河川で109に分断され、小さな河川の分断を合わせると2831もの地域に細かく分かれている。

⑤地質が複雑で不安定である。

国土面積の70%を占める山岳地域の地質が風化が進んで不安定になっている。
ヨーロッパや北アメリカの地質は一つ一つのユニットが大きく分布しているのに対し、日本は
地質が複雑に細分化されているうえ、強い地殻変動の影響を受けて、層や割れ目が極めて多い。

⑥都市が軟弱基盤にある

河川が押し出してきた土砂で平野が形成され、そこに大都市が存在している。
ヨーロッパの大地は数百万年前は氷河で覆われ、この氷河の後退にともなって軟弱な土砂が
削り取られていきました。そのためパリなどは氷河が削ったあとの岩の上に存在している。

⑦国土の全域で大地震の可能性がある

マグネチュード4以上の地震の10%が日本で発生。
マグネチュード6以上の大地震は20%日本で発生している。
国土全域で地震を想定しなければならないし、軟弱地盤なので極めて厳しい条件に置かれている。

⑧豪雨が多い

台風の通り道である。
地球平均で年間800ミリの雨が、日本では1400~1600ミリになり、多いところでは4000ミリ。
この雨が急流河川によって一気に海に流れ出す。梅雨期と台風期に集中しており
水資源が脆弱。ニューヨーク市民が持っている水資源量に対して10分の1しかない。

⑨台風の通り道である。

⑩国土の60%が積雪寒冷地域である。

・物事の単位は国である。国のまとまりが最終のまとまりです。

・日本は天為の国である。天が何か行為を起こす天為によって私たちの環境が大きく変わって
 しまう。そのことが人間の存在は他の生物の存在と所詮同程度の存在だという認識を我々に
 与えることになった。

・人が何もしなくても変わることがから、我々は変わることを嫌がっていたのでは生きていけない。
 自然が勝手に変えてしまうのですから、変わることを受け入れざるおえないという心情を持つ国民
 になりました。変わってしまうから、変わることを喜ぶ文化が育った。

・ヨーロッパは人為の国である。人が働きかけることによって、都市の形態はできあがっていて
 大地震が街を破壊するということがないので、その形は人が新たに何かをしない限り、そのまま維持
 継続される。人が何かをすることによって初めて物事が進むわけですから、全ての出発点は人です。
 これが、万物を支配するために神は最後に人を創造し、この地上に遣わしたという考え方を受け入れる
 ことができる背景になった。人は特別な存在と規定され、すべての動物は人間によって支配され、全ての
 生き物も地物も人間によってコントロールされる。

2.日本人はなぜ装置インフラを軽視するのか。日本人になじまないインフラと公の概念

ヨーロッパや中国の人々が何でどのように国土に働きかけてきたのかということを調べていくと日本と
大きな違いがある。

大勢の人々がまとまって安全に暮らすことができるから、そこで文明が生まれる。
法が生まれ、宗教が生まれ、文字が生まれたのはシュメール時代ですが、それは文明の誕生です。
そのようなことが可能になったのは堅固な城壁に囲まれていることが必然の条件だった。

・小麦と米の違いが文明の違いを生んだ

古代ローマの小麦の播種量はイタリア半島で4倍の収穫だった。中世初期でも2~3倍。多くて5~6倍
だった。ところがシュメールでは80倍もの収穫をあげることができた。その後、収穫量がさがっても20倍
だった。ヨーロッパでは16~17世紀でも6~7倍、10倍を越えるようになったのは19世紀になってから
であり、現在の倍率がヨーロッパで15~16倍、アメリカで20~25倍ぐらいになっている。
つまりシュメール文明は余剰生産能力が高く、そこから文明が発生した。

対して日本のコメを挙げると、奈良時代で7倍、下級田の収量であり、上級田だと25倍あった。現在は140倍。
つまり米は小麦の2倍の収穫量があった。

つまり小麦の生産力が地域の豊かさを規定したヨーロッパと、コメの収穫量で豊かさを切り開いてきた我々
の違いが文明の違いを生んだ。沖積平野がないために米が作れず、生産性の低い麦を主食とする欧州は
しばしば食糧不足が起こった。また一つの大きな大陸に多くの民族がいたために異邦人と衝突が何度も
発生した。そうしたことから戦争死の歴史をもたらし、私たちにはそれがもたらされなかった。

絶え間なく繰り返される悲劇的な大量虐殺の経験が、安全にまとまって暮らすために装置インフラとして
都市城壁などが絶対不可欠であるという認識につながっていき、それを皆の労働と皆のお金で皆のため
に建設することが始まった。

この場合のインフラは社会の基礎となる下部構造、インフラストラクチャーであり、道路、鉄道、上下水道
だけでなく、法律や経済、制度的な社会基礎構造まで含んでいる。

城壁という狭いエリアで多くの人が暮らしていくには皆が守るルールが必要になる。
個人を超える公共としての制度インフラをしっかり制定して守らせるための公安や司法の存在が人々の
生活を守るという仕組みが生まれた。

制度インフラと装置インフラが両方相まって、人々の暮らしを支え、向上させていった。

城壁内に住むために公共の概念が発明され、コミュニティを形成するために市民の概念に成長して
いった。平時はトラブルを避けるために個人の権利を制限し、有事には勝利のために全てに優先される
という社会になった。

中国では遊牧民族、異国人が殺戮や殲滅、強奪の意志を持って都市に攻めてくる、そういった前提として
暮らしていかなければならなかったが、日本にはそれがなかった。
このことは私たちの安全保障の概念、契約の概念、思考の形式に大きな影響を与えている。

公共事業は単年度の言葉である。お金の流れフローの言葉であり、今年いくら道路事業に使うのか、河川改修
にいくら使うのかということである。道路は出発点である都市と終着点である都市との間がネットワークとして
きっちりつながることではっきりと効用を発揮する。道路はネットワークを形成して初めて人々の役に立つ資本
公共資産になる。出来上がった道路のネットワークがうまく効用を発揮されたかで評価されるべき。
公共事業の成果はフローではなくストックで評価されるべきである。

国土への働きかけをどう考えるのか、国土経営がどの程度まで進んだのかということをやや俯瞰的に見る言葉
として、国土学という言い方を著者は提唱している。

3.日本人はなぜ合理的になれないのか。歴史が生み出す必然的な合理性と非合理性

日本人を特徴づけているものに、小集落で育ってきた民族であるということが結構大きいのではないかと
考えられる。山間地域に点在する小さな盆地と河川の河口部に拓けた小さな三角州などに集落が存在し
小単位でまとまって集落をつくって暮らしてきたというのが日本人の長いあいだの暮らし方でした。

小集落に閉じ込められるような暮らしを続けた結果、我が国にはなかなか広域的な強い権力は生まれなかった。
農耕をするためには、土地を平坦にし、水を引いたり、排水したりするための感慨施設が必要ですが、小規模農地
では、仲間同士で力を合わせればできる。

広大な土地を灌漑したりするためには、大きな権力が大量の労働力を動員しなければなりません。
小さな面積の農地が散在していたことが、わが国では大権力というものを必要としなかった。

集落単位、顔が見える範囲の人々の集まりで行える程度の工事や作業で、できるだけの事業が行われてきた
のが長い歴史でした。大規模な事業が行われるようになったのは、戦国時代中期以降、江戸初期からで、戦闘
に向けられていたエネルギーが開発に向けられ、戦国時代に発展した技術力、組織力を用いて、大河川の改修
が行われた。

小規模集落ではコミュニティをまとめる手法として厳しいルールや強い権力は必要とされなかった。

顔見知りの集団ではお互いが気まずい思いをしないように暮らすことが何にもまして要求されることでした。
顔見知りの範囲の和が最優先される独特の考え方。時間をかけてみんなが参加する話し合いによって
物事を決め、決めたことを約束として大切にしてきた。相手との間合いを大切にする考え方を長いあいだ民族
の経験として形成してきた。

・競争という言葉は明治までなかった。
 小集落のなかで、とにかく争いや諍いが生じないようにすることを何より大切にしてきた日本人だった。

・顔見知りの仲間と頑張るのが大好きな日本人。
 切り離された一人ひとりではあまり強くないのですが、顔見知りの集団で組んだときに最大の力を発揮する。
 顔見知りの皆のために役立ちたいと考える性癖は宗教思想レベルといっていい。

・小選挙区制は日本人の感性に合わない。
 我々は彼らに負けたまでは許容できるが、彼に負けたというのは極端に嫌いです。
 一人では戦えないからですし、我々は厳しい対峙に耐えられないからです。
 中選挙区では自分が次点で落選してもあの人に負けたということにはなかなかならない。
 またイギリスなどで行われている小選挙区制度に備わっている党が選挙を管理して党が
 候補者を選び切るといったこともともなわないまま、我が国に形だけ小選挙区制度をいれた
 のも問題。

 小選挙区制は中選挙区が持っていた選挙区民による政治家の新陳代謝という
 機能を喪失させた。意欲も能力もある若者が党の公認を得られないため、無所属で出馬
 して着々と力をつけて、当選を重ねてきた先輩に挑戦して、勝利をつかみ、回を重ねて
 力をつけていった。

・小選挙区は能力、識見、経験、人格などの点において、誰と比べてどのように優れているから候補者として
 選ばれたのか選挙民がほとんどわからないまま、ほとんど信任投票のようになっている。

・強い権力を嫌う思考癖
 日本人は強い指導力を必要とはしませんでした。強い権力を求めようとも思いませんでした。

・外に対しての憧れと客人への寛容さ。
 日本は最近まで顔見知り範囲の小集落での生活が続いた。
 集落を超えての交流はあまり行われず、毎日が顔見知り同士としか会うこともない生活でしたから、
 この集落の外に対する憧れや好奇心が極めて強かった。これが外部から来る客人を大切にする
 文化にもつながっている。

・物見遊山が大好きな日本人。出かけても篭るのではなく、札所巡りのように次から次へと渡っていく
 旅行の仕方が好き。

・人為を隠しきる庭園に美しさを感じる日本人。

・一神教と多神教の世界の違い。

・日本は建国神話や建国精神を必要としなかった。

・合理性のある思考にふさわしい言語は。
 曖昧な解釈が混じることのない厳格で厳密な言語です。
 戦いに備えて兵を一つにまとめ、軍団を構成するためには命令を貫徹できる言語が必要です。
 西欧人や中国人はは明確な意思伝達というものを最優先に言語を発達させてきたし、それを
 補強するために身振り手振りや表情をつくってきた。

・責任を取れない言葉が日本の政治を動かしている。

・主体を放棄した受身を多用する日本。
 この場所での喫煙は禁止されています。当局によって禁止されている。
 主体がない言葉で日本は埋め尽くされている。

○日本人の思考癖を解読する

・死を見つめ、合理性を獲得してきた人々。

人間があらん限りの知恵を絞って考え抜くのは、もう二度と再び、愛するものの死や
大量死を生じないようにするためには、何を準備すればよいのかということを必死で
研究するときだ。勝利した場合でも勝因を分析するのでしょうが、敗北したときの
敗北理由を考えるというのは、人間が最も知恵の限りを尽くして、考えてきた事柄
だった。

戦うためには情報収集と、それに基づく作戦の立案がなければなりません。
情報収集にも、敗北した理由に集めた情報に不足はなかったのか、その情報は正しかった
のか、相手の陽動作戦に乗ってしまったのではないか、十分確かめなかったのではないか
などがある。作戦立案についても、起こりうる全ての事態をきちんと想定したのか、起こり得る
想定に隙間はなかったのか、つまり、起こりえないと勝手読みして、起こり得るかもしれない想定
を外していることはないのか、想定の読み違いがあった場合、それをカバーする方法を
ちゃんと考えたのか。

・日本人にとって死は受け入れざるおえないもの。
 日本人は自然災害で大量死を経験しているので、震災をもたらす大地は憎いけれども、恵みを
 もたらす大地を恨むわけにはいかない。だから死は受け入れざるおえないもの。
 反対に、ヨーロッパなどは大量死の原因は紛争による虐殺であったことから、死そのものが
 受け入れられないもの、死は恨み抜くこと、復讐の誓いを立てることになる。

・西欧人と中国人の進化思想と日本人の循環思想。
 西欧人、中国人の積み重ねる歴史と日本人の流れる歴史と言い換えることができる。
 合理的な思考による紛争の総括と大義名分と死を悼んであげるしかないことの繰り返し。
 ただ歴史は流れ去るものと見るのは日本人だけである。
 西欧や中国は時間や歴史は積み重なっていくものとして捉えている。
 このことから、彼らは下に上が積み重なっていくという進化思想を考えつき、克服思想や
 階級闘争思想を生み出した。日本人は水田を中心に暮らしてきたので、水の循環を
 常に考えてきた。矢のように突き進む進化思想ではなく、くるくる回っていくというのが
 日本人の思考の特徴である。

・日本人の思考の特徴は暫定性と臨機性。
 長期的、網羅的に物事を考えることがきわめて苦手である。
 日本人は自然が相手で起こる災害によって死を迎えてきましたから、あらかじめきちんと
 対策を考えることは不可能だった。したがって、事が起こってからその対応を考えるしかない
 のです。その場で臨んで考えるという思考の臨機性というものが生まれ、その思考形式を獲得してきた。

地震一つとっても同じことは起こらない。だから臨機的・暫定的に処理するという考え方を生んで
。だから、当座を乗り切ることを最優先にして、戦争でもそうだが、当座の勝負に
こだわって、全体の利益が見えない。あとあとの利害を考えない、そのことが後々にどういう影響
を与えるかについてもアセスメントも十分しないまま、当座の勝負にこだわる傾向がある。

・目の前のことを最優先して、大局を見失う。

・問題先送りによって生まれるひずみ。
 暫定的なものの決め方を指向すると、準備が大掛かりであったり、周到でなければならないもの
 を忌避する傾向が出てくる。とりあえずやれることがあるならそれを先にやればいいということになる。

・日本人の暫定性、臨機性という特徴は、思考に長期性、網羅性、俯瞰性を欠くということです。
 安全保障という極めて長期的で緻密な計画を立てなければならないものに欠陥思考がもろにでる。

・日本人に足りない思考の網羅性。
 戦いに備えるためには、起こり得るありとあらゆることを考えておかなければならない。
 根拠なき楽観主義では、思考の網の中に穴があれば、その穴を突いて敵が想定外の攻撃を
 仕掛けてきて、とてつもない敗北をくらってしまう。

・全体思考の欠如を示す日本人の一般競争入札。
 随意契約を避けて本末転倒になっている。

・日本人は強制的な規格を嫌う。

・日本人が最大限パワーを発揮するときは、顔見知り集団に忠節を尽くすときです。
 一人一人の責任の範囲を明確にするとたじろいでしまうのに、集団に責任を持たせ、何人かの
 責任だとすることになると、この集団の中で機能的な助け合いが起こり、集団として見事な責任
 を発揮する。

・一人一人の個人のちからは強くない。

・悪いことについて考えることを避ける性癖。

・日本人に強烈に作用する鎮魂思想。

・変化を尊ぶ文化を大切にする。
 自然災害で都市景観も風景も何もかも一変する経験を何度もしているので
 変化すること、新しくなることを厭わない。

・その場円満主義になっていないか意識すること。

・情緒主義に陥りやすいことを自覚しよう。

・日本人は時代の変わり目に過去を否定してきた。

・原因追求より責任追及を優先する。

・人間以外のものを大切にする心に誇りを持つ。

・これからは他社の存在を認める文化が重要になる。

・日本人にはアイデンティティという概念はない。

日本国体の真実 馬渕睦夫

現在、我が国を襲っているグローバリズムという普遍主義に対抗するために、神道的な世界観
が普遍性を持つために理論化すべき。日本は伝統に復古することが必要だという著者の問題
意識から、日本思想の根本に存在する国体の本義を表現したものだとしています。

1.政治における国体

国の根本原理である国体が政治、経済、文化を生みだしている。
我が国の国柄は、政治の世界においても2000年以上にわたって独自の和の民主主義を
育んできた。和の民主主義の伝統からすれば、対立する二大政党が交互に交代すること
によって、民主政治が実現されるとの対立型の政治制度は日本人には合わない。

三権分立ではなく、権力と権威が支え合う二権分立。
三権分立は一見思想的な権力形態に見えますが、ここに見られる思想は権力を
互いに対立するものとして捉えていることです。対立思考が根底にある。

わが国における権力とは、単に行政、立法、司法のいわゆる三種のみならず、財界
マスメディア、知識人など国民生活を規定したり、国民の行動に何らかの影響を及ぼす
オピニオンリーダー層も全て入ります。これに対し権威とは天皇であり、それを支える
国民です。

二権分立とは、天皇は日本を知らす(治らす)政治的権威であり、これに対して政治権力
はうしはくといいます。国譲りで有名な出雲大国主命はうしはくの存在であり、実際の権力
統治を行っていても、知らす(治らす)は天照大神と認めさせた。
これおは高天原においても、個々の問題の解決法については神々が議論して決めさせ
(権力行為)、自らはその決定を承認する(決定に権威を与える)という形態をとっている。

国民の総意とは、皇統に対する国民の信仰、民族全体の思いなのです。

天照大神はニニギノミコトに対し日本をひとつにまとめるように努めよと命じた。
日本をひとつにまとめるためには、国を平定し、産業を興して国を安定させる
ことが必要だとある。単に武力で平定するだけでなく、産業を興して、国を安定
させて初めて国がひとつにまとまると考えていた。(古事記・日本書紀)

我が国の統治原理には搾取という概念はありません。国の統治の責任者になる
ということは、武力による服従を達成しただけでは責任を全うしたことにならない。
産業を興し、民生を安定させなければならない。そういう発想で朝鮮、台湾を
統治した。

たとえ常日頃から天皇陛下のことを考えていなくても、いったん東日本大震災の
ような国民の惨状が起こると、天皇と国民が自然に一体感に包まれる。
このような国民と天皇との硬い紐帯は君民一致の政治、君民共治という。
西欧における君主と国民との契約ではなく、我が国は神代の昔から君民が互いに
支えあって国の運営がなされていた。

天皇の行為は形式的であっても、天皇の行為がないと日本国家は機能しない
仕組みになっている。この仕組みこそ、我が国の政治の根本原理を示している。
権力と権威が支えあっている仕組みである。

天皇が高天原の神々と直結しておられるという信仰は、国民の側に天皇の聖業
をお支えする機運を醸成することになる。天皇が体現しておられる高天原の大御心
に国民が奉仕することで、君民体を一にして無窮に生成発展する。
奉仕する国民の側も繁栄する。同じ神々から生まれた私たち一人一人の中にも
日本の神々の大御心がやどっている。国民一人ひとりが各自の役割に刻苦勉励
することで自らの魂を磨き、成長することと、皇位が栄えることは同じことである。

君民一体、君民共治は我が国の権威を象徴するものである。

私たち一人ひとりが神格を宿しているkと、また国土(山川草木)も神格を有している
ことが重要である。私たち一人ひとりが神の一部であって、そのような私たちの国は
八百万の神々の国であると素直に感じている。自らの心の中の良心が高天原の神性
なのです。これら神々が心の中に内在している。同じ神々から生まれた国土、自然とも
つながっていることに気づけるはずです。このようなつながりの精神が和なのです。

・和は古事記の神代の時代を貫く精神である。

和には3つの側面がある。

第一に人間と自然との和です。

自然の恵みをいただき、自然に守られて生活をし、自然に対して慈しみの感情を
もっている。そして自然の恵みに感謝し、決してこれをとりすぎないように注意する。
これがもったいないの精神である。

第二に人間と人間との和である。

人と人との和は分掌、分業の考えの中にみられる。
私たち一人ひとりはかけがえのない個性をもっている。
それぞれの個性を発揮すれば、お互い衝突することはない。
一人一人の個性も価値も平等であり、個性が発揮された社会は調和のとれた社会
であり、平等な社会なのです。

己の職業に刻苦勉励することが結果として高天原の精神と合一する。

第三に国と国との和である。

我が国の和の精神が広がり、それぞれの民族や国家が、その分を守り
特性を発揮する時、世界平和(世界の大調和)が実現される時です。

・怨霊信仰と和は裏腹の関係にあります。和を達成するためになぜ話し合い
 が重要かというと、怨念を持たせないためです。

2.経済における国体

天照大神は斎庭(ゆにわ)の稲穂をニニギノミコトに授けて、稲作を振興させなさい
そうすれば、皇位は永遠に栄えると諭された。斎庭の神勅。

国民一人ひとりが高天原の大御心を体現しておられる天皇に奉仕するには
自らの仕事の分を尽くせば良い。国民自らが仕事に尽くせば、その結果
国民も天皇も永遠に栄えることとなる。

稲作という国民の生産活動と皇位が栄えることとは同義であるということである。

高天原の神々は稲作の生産活動を行っていた。
高天原の労働の基本は稲作である。生産活動が経済活動の基本なのです。
経済の主流はあくまで生産活動であって、そうでない金融はマイナーな役割
しか本来は持っていない。

物作りの精神は稲作が原点。
すべての経済活動の基盤には稲作がある。
かつての日本式経営方式は会社自体が家族的な紐帯をもとに運営されて
いました。会社はひとつの家族であり、一種の血縁的共同体であった。
これは農村的共同体の精神である。

・結びの力

結びという生命観が日本製品の競争力である。
一つ一つの部品の組立に製品を育てる気持ちをこめて仕事をこなした。

稲は国土の生命エネルギーを得て実るのですが、私たちの祖先は稲の
生育のなかにまさしく神々の活動そのものを感じ取っていたのです。
我々の祖先は稲は結びの神々の力で生育するというふうにイメージしていた。

私たちにとって物もまた同胞なのです。
人間が作り出したものには、先に見たように魂が宿っている。

二宮尊徳は、神道が日本の根源の道であると説いた。
日本をみずみずしい稲穂の実る国と定められたのは天照大神であり、斎庭の稲穂
を授けられてこの日本に天下って国の開拓を始められたのがニニギノミコトであり
また天照大神の大御心を受け継がれたのが歴代の天皇であるとした。

日本人の労働観の基本はこの天照大神の足跡、すなわち天照大神の御心を拝戴して
自らの仕事に分を尽くすこと、つまり勤労である。

鈴木正三は仕事は仏道修行であると説いた。
日々の生業は立派な仕事であり、各人が労働に励むことが即仏道修行になると説いた。
日々の労働が仏道修行であるとは、各職場は精神修養の場であるという意味でもあります。

生産者の倫理を鈴木正三が説き、消費の倫理は石田梅岩が説いた。
承認はひたすら消費者に対して奉仕することを心がけ、商売には合理性を追求して倹約に
努めるよう、商人の倫理を説いた。

・グローバリズムの本質は超個人主義。

グローバル市場の本質はマネーが支配する市場の力という秩序です。
人間はマネーさえ持てば、市場で成功することができるのです。
これが個人の勝利が意味するところであり、人間が自由になるという意味なのです。

・階級ではなく、分掌、分業の世界観

我が国の特徴は階級社会ではなく、役割分担、すなわち分掌、分業社会なのです。
各人が各々の特性を生かして仕事に尽力することであり、このように己の役割に
刻苦勉励することによって社会は調和、発展するという考え方である。
分業とは能力の差ではなく、能力の違いによる役割分担ですから、能力の差による
格差社会とは無縁なのです。

新自由主義は国体に合致しない。

分掌、分業の原理は、国体の神髄である和の世界観の表れといえます。
私たちの常日頃の行動は、無意識的に国体に基づいたものになっている。

グローバル競争時代に日本企業の国際競争力が低下している原因は、日本企業
がアメリカ式の経営方式を採用してしまったからだと思う。
株主優先経営など日本的経営に最もふさわしくない方式です。

話し合いによって和が保たれるという考え方は古くから伝わる怨霊信仰と
穢れ忌避思想と関連している。敗者に怨念を持たせない必要になります。
徹底的に相手を打ち負かすというのも一種の穢れ行為とみなされる。

分掌、分業社会での競争とは、相手を打ち負かす競争ではありません。
自らの分をどれだけ尽くすかという競争なのです。
いずれにしても我が国の社会において敗者を作らないことが社会の安寧
のためには重要と考えられていた。

各国の国民がその特性(能力)を最大限に発揮できるのは、各々の民族文化
の中にあってこそなのです。世界統一のルールの市場では各人が特性をフル
に発揮することは不可能なのです。

国際的分掌、分業による世界の調和的発展モデルとは、各国が民族の特性を
生かして、独自の文化を磨き、発展に尽力することによって、各国の集合体で
あるこの世界(グローブ)は共存発展できるという思想です。

私たちの意識を変えれば、国境は民族を隔離する障害物から、民族のつながり
を象徴する存在へと変えることができる。

現在のグローバル市場化の行き先は、ソ連型国際分業に近いものになる危険
がある。中央(金融寡頭勢力)の一元的管理下で、各々産業を担当する企業が
数社のみ存在し、基本的に同じ質の製品を生産している世界です。

道徳は生活の知恵であって、生活の知恵として道徳を備えているからこそ、私たち
は本当の意味で物質主義から自由になることができる。

3.信仰における国体

私たちは独自の宗教感情を持っているのですが、日々の生活の一部に溶け込んで
いるため、宗教を意識せずに宗教的な生活を送っている。

政治と経済の根底にあるのが文化です。
文化は広い意味で宗教感情と言い換えることができます。
つまり、文化(宗教感情)が我が国独自の政治意識や経済活動を規定している。

日本は中国文明の一部ではなく、孤高の文明である。

私たちの世界観の基礎ということは、つまりこの世界をどのような存在とみなしている
のかの根底に、古事記にみられる精神が、私たちが意識しないうちに一つの信仰と
して根付いているということなのです。

日本の自然には神々が宿っている。

神々は天地から生まれた。天地とはすなわち自然である。
反対に一神教は神が自然を作ったとしている。
日本人は神が出現する前に自然がある。

文化とは自然から出てくるものであって、理性でこうあるべしと
設計すれば善き社会制度ができるものだと考えなかった。

人間も含めこの世界に存在するもの全てに神々が宿っている。

私たちの心の中に先祖である神々が宿っている。
縦の命のつながり。古代日本人にとって先祖供養とは、死して
神に帰られたご先祖様をお祀りすることである。

本来最大の穢れとは自我、我欲の異心に支配されている状態の
ことである。

・作り変える力の本質

私たちの先祖供養の精神は高天原の神々も私たちの遠い先祖である
という信仰なのです。だからキリスト教は先祖供養を認めなかったため
に広まらなかった。日本人の国情に合うように作り変える。土着化する。
先祖崇拝と八百万の神々という国情に合わせるということである。

人間個人の生き方の問題です。
内在神、つまり私たちの心の中にある神性とは良心のことである。

我が国において高天原の神々は外在神でありますが、同時に私たち
の心の中に鎮座しています内在神でもある。

人間は肉体が死ねば神になる。つまり本来の神の形に戻るという
御霊信仰につまがる。高天原の神々は天皇の先祖でもある。
外在神と内在神の並立という信仰は、外在神の働きである他力と
内在神の発露である自力の併存という人間観を発生させた。
大いなる命に生かされ、自らの命を生きる、生かされて生きる
という信仰につながる。










プロフィール

FC2USER934313IYM

Author:FC2USER934313IYM
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR