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日本共産党と中韓 筆坂秀世

10代の自分は何のために生まれてきたのか?自分など社会にとって不要な人間ではないのか?
と自分の存在意義を見つけることができず悶々としていた。そんなときに出会ったのが社会主義革命
を目指す日本共産党だった。

ブルジョア階級は彼ら自身の墓掘り人を生産する。彼らの没落とプロレタリアの勝利は不可避である。
ブルジョア階級=資本家階級 プロレタリア階級=賃金労働者階級

資本主義から社会主義への発展は世界史的必然。

マルクス主義(社会主義の思想体系。生産力と生産関係の矛盾から社会主義へと移行するのは必然
          の結果であるとし、その変革は労働者階級によって実現される。)

唯物史観(世界の歴史は経済的発達により進化するという歴史観)

共産党へ入党することは、歴史の必然的発展に寄与するというのだから、そこに強烈な使命感が
付与されるのは当然の帰結だった。

共産党の幹部として活動していく中で、共産主義は所詮ユートピア思想に過ぎないということを思い知った。
現実の共産・社会主義体制は人類開放どころか、専制主義的一党独裁体制の人類抑圧社会でしかなかった。

日本共産党を軸に近現代史を紐解いていくことがこの本のコンセプトである。

日本共産党の党規約 第二条では党は科学的社会主義を理論的な基礎とする。
党員の義務として党大会、中央委員会の決定をすみやかに読了し、党の綱領路線と科学的社会主義の理論
学習につとめる。(第五条)つまり党大会や中央委員会の決定は党員が議論によって練り上げるものではなく
学ぶ対象なのである。

日本共産党の歴史観は徹頭徹尾、日本共産党の役割を正当化する歴史観が出来上がっている。
第二次大戦は日独伊侵略ブロックの敗北、ソ連を中心とする反ファシスト連合と世界民主勢力の勝利。(61年綱領)
反ファシズム、軍国主義(枢軸国)と反ファッショ(連合国)の戦争と位置づけている。
相互不可侵を謳った日ソ中立条約を破って参戦し、ヤルタ密約に基づいて千島列島や歯舞諸島、色丹島を強奪
したソ連を反ファシスト連合と世界の民主勢力の先頭と位置づけている。

日本共産党は極東軍事裁判(東京裁判)は正しい裁判と位置づけてきた。
これこそが戦後の日本共産党の原点であるからだ。
またポツダム宣言も日本共産党の原点である。
軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容としたもので、日本国民の進むべき道は、平和で民主的な
日本の実現にこそあることを示した。これは、党が不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかったことを証明した
ものであった。とポツダム宣言を党の正当性の保証文書として扱っている。

戦前の日本共産党はソ連共産党が指導するコミンテルン(共産主義インターナショナル)の日本支部であった。
戦前の党の綱領的文書はコミンテルンで作成されたものであり、ソ連の意向が色濃く反映されていた。
コミンテルンは帝国主義戦争を内乱に転化し、共産革命を成功させることが最終目標だった。(32年テーゼ)

日本共産党が言っていることは日本はとんでもなく悪い国だった。いまもそれを反省していない悪い国だと
ということだ。

・戦前の日本共産党の最大の目標は中国革命の成功とソ連擁護。

・コミンテルンは1919年3月に創立。1920年に共産主義インターナショナルへの加入条件を採択。
 その条件として社会愛国主義者、社会平和主義者と絶対的に絶縁することを求め、共産主義
 インターナショナルに所属する党は、民主主義的中央集権制の原則のもとづいて建設されなければ
 ならない。現在のような激しい内乱の時期には、党がもっとも中央集権的に組織され、党内に軍隊的
 規律に近い鉄の規律が行われ、党中央が広範な全権を持ち、全党員の信頼を得た、権能である。
 権威ある機関である場合にだけ、共産党は自分の責務を果たすことができるだろう。

・共産主義インターナショナルに所属することを希望する全ての党は、反革命勢力にたいする戦いで
 各ソビエト共和国を献身的に支持する義務がある。

・1924年レーニン死去後、世界革命の流れが退潮するなかでスターリンが一国社会主義論を打ち出した
 ため、コミンテルンはいっそう社会主義ソ連を守る組織に変貌していった。

・戦前の日本共産党の代表的な綱領的文書として27年テーゼと前述した32年テーゼがあるが、これらには
 ソ連共産党の意向が色濃く反映されている。

・ソ連はソ連体制を維持するために中国での革命を渇望していた。こういう状況でつくられたのが、日本共産党
 の役割を示す27年テーゼである。共産党は、今日国際的革命家組織に課せられている緊切焦眉の義務を
 全力をあげて果たさねばならぬ。すなわち党は、中国における日本の干渉と、ソビエト連邦に対する日本の
 戦争準備とにたいして闘争する義務を果たさねばならぬ。

・日本は中国より高度に発達した資本主義国だから、日本での革命が先だと考えていたが、それは間違って
 いた。資本主義の発達の程度によって計量はできない。中国では革命闘争が進んでいることもあるので
 日本共産党はまず中国革命の成功に貢献せよ。また社会主義ソ連を守るために闘争せよということである。
 (27年テーゼ日本共産党報告書より)

・32年テーゼでもソ連擁護や中国革命のために日本共産党は戦えという指示が露骨に示されている。

・ゾルゲの諜報機関は日本共産党とは一切連絡をとることがなかった。
 理由は地下活動に潜っている日本共産党と連絡をとっても大した情報は得られない。
 当時の日本共産党は、官憲側のスパイが容易に入り込める組織で、1935年には最後の中央委員で
 あった袴田里見が逮捕され、中央委員会そのものの機能が壊滅させられていたからだ。

・アメリカの移民法が太平洋戦争の遠因になった。
 1924年にアメリカで移民法が成立した。排日移民法と呼ばれるほどの法律であり、日本は大きな移民先
 を失ったために、その代替として満洲を重視しなくてはならなくなった。それが後の満州事変につながって
 いく。

・戦前の日本共産党の綱領である27年テーゼや32年テーゼでも米英仏も日本と同様の帝国主義国であり
 帝国主義戦争を行っていたと規定していた。ところが、日本が敗北した途端に連合国側は、自由と民主
 主義、反ファッショ陣営として美化された。

・領土拡張と日露戦争敗北の報復というのがソ連の対日参戦の本当の理由なのだ。反ファッショなどとは
 いえない。

○日本共産党と中国

・中国共産党は毛沢東の思い通りにならない日本共産党に対して宮本修正主義集団と当時の宮本顕治
 書記長を批判し、日本人民の前には4つの敵、アメリカ帝国主義、日本の反動勢力(佐藤内閣)、現代
 修正主義(ソ連修正主義)、そして日共・宮本修正主義がいるとして、この打倒を呼びかけた。

・1966年3月の宮本顕治書記長の訪中で劉少奇、トウ小平との会談において、中国側が革命運動の唯一
 の道として、武装闘争を絶対化する態度をとったのに対して、日本共産党はそれを否定した。

・中国共産党と毛沢東が暴力革命唯一論と人民戦争万能論を、日本共産党や日本の革命運動へ押し付け
 ようとしたのは、文化大革命が行われた昭和40年代が初めてではなかった。

・アメリカの占領軍が存在する場合でさえも、平和的な方法によって日本が直接社会主義に移行することが
 可能である。野坂参三 平和革命論

・野坂参三の平和革命論を反マルクス主義的、反社会主義的理論の日本版、日本大衆を欺く理論だとして
 コミンフォルム(共産党・労働者党情報局、実質はスターリンが世界各国の共産党や労働党に支配的影響力
 を行使、その運動に介入する機関)が批判した。

・コミンフォルムは武装闘争路線を日本共産党へ押し付けるのが目的だった。

・農村から都市を包囲することを基本とする人民戦争方式を訴えた。いわゆる劉少奇テーゼである。
 もう一つ武力闘争路線を訴える51年綱領がある。要するに日本共産党はソ連共産党やスターリン
 中国革命に成功した毛沢東の意向に簡単に屈し言いなりになっていた。

・こうした武装革命方針が、共産党は怖い、暴力革命を目指している国民に思われ、1949年の総選挙
 では8割近くの得票減だった。

・日本共産党は武力闘争路線に反対し、中国共産党と対立した。
 中国共産党は日本の新左翼と日本共産党と敵対し、左翼と結びつきを強めた。

・全学連指導部=ブント(共産主義者同盟)→革命的共産主義同盟→革マル、中核派に分裂。

・共産主義者が共産党に反対する者をトロツキストと呼んだ。共産党は新左翼をトロツキストと呼んだ。

・社会党・黒田寿男 日中友好協会正統本部 毛沢東追従派。
 日中友好協会正統本部→京浜安保共闘→連合赤軍。毛沢東路線心酔派。

・文化大革命 権力闘争の一環であり、毛沢東の神格化による無条件服従と専制支配体制をつくるもの。

・社会党は毛沢東派が称える三派全学連や革マル系全学連などの過激派集団を同盟軍と位置づけ
 彼らの無法を助長する役割を果たした。

・文革開始時に先破後立というスローガンが掲げられ、文革で劉少奇派を党内から一掃することが先破
 で、この目的を達成するため紅衛兵の行き過ぎや混乱はやむ得ないという考え。

・1998年日本共産党と中国共産党は毛沢東干渉以来、断絶していた関係を正常化した。
 
○韓国と日本共産党

・朴正熙政権時代はまともな国として認めていなかった。
 朴政権は反共産主義、親米政策、腐敗と旧悪の一掃、経済再建を掲げ、クーデター直後には
 反共法を制定した。

・朝鮮戦争は当初アメリカが仕掛けたものと規定していた。

○東京裁判と日本共産党

・アメリカは日本精神を破壊し、骨抜きにする道を選んだ。
 日本人に戦争の贖罪意識を持たせるために日本には民主主義はなく、道徳的にも誤った戦争を
 行って敗北したということを徹底的に叩き込んだ。つまり戦争に負けただけではなく、価値観でも
 敗北したと思わせることがアメリカにとって何より重要だった。






 






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