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マネー戦争としての第二次世界大戦 武田知弘

第二次世界大戦を経済の視点から読み解いている点が面白い本。

1.すべてはドイツの経済破綻から始まった

著者は第二次世界大戦の最大の原因を挙げろ言われれば、ドイツ
の経済問題であるとしている。

ドイツの苦悩は第一次世界大戦の敗北から始まった。
休戦条約締結ととともに無数の機関車、船舶、自動車が連合国へ
引き渡された。連合国側の莫大な占領維持費もドイツが支払うこと
になった。にもかかわらず、ドイツに対する経済封鎖は解かれなか
った。そして特に食糧事情が困窮を極めた。

そしてベルサイユ条約が締結される。
ベルサイユ条約231条は第一次大戦の責任は全てドイツにあると
された。そして232条ではドイツは連合諸国が受けた損害を賠償
しなければならないとした。
植民地は全て取り上げられ、人口の10%を失い、領土の13.5%
農耕地の15%、鉄鉱石の75%を失った。結果ドイツの粗鋼生産は
戦前の37.5%にとどまった。

賠償金は330億ドル。ドイツの税収の十数年分だった。
また軍備は制限され、陸軍は予備役なしの10万人、戦車は保有を
許されなかった。隣国のフランスは60万人、予備役が350万人に
戦車3500台、ポーランドですら25万人予備役320万人だった。
空軍を持つことすら許されず。海軍の艦船は全て1万トン以下、10万
8000トン以下の総量と制限された。

ベルサイユ条約の論点は連合国の戦争被害の賠償にとどめるのか、
連合国の戦費負担の補償まで拡大するのかだった。
結果、戦費負担まで拡大された。

もう一つの論点がドイツの支払い能力を限度とするのか?連合国の
請求額の全額まで求めるのか?全額まで求める結果となった。

ドイツ側からすると、1918年2月の米国ウッドローウィルソン大統領
が行った平和条約締結のための議会演説だった。無併合・無賠償・
無報復の提案があったからこそ、休戦に応じた。

1929年のヤング案で年間支払額を25億マルクから、20億マルクに
軽減された。アメリカがいったん賠償金支払いを肩代わりした。
その代わり利子も含めて59年間支払いを継続する。
当時のドイツの歳入は73億マルク。国家歳入の1/3近くが賠償金に
あてられた。実際にドイツは21世紀まで賠償金を支払い続けた。

この年間支払に加えてドイツの輸出品に26%の輸出税をかけて
連合国が受け取るというものまであった。これによりドイツ製品は
国際競争力を失い、ドイツの戦後復興を妨げることとなった。
イギリスとフランスは国際貿易のライバルであるドイツに対して
戦争賠償を得るとともに、工業国としてのドイツを叩くことを画策
した。

フランスは第一次大戦でアルザスロレーヌ地方を獲得して豊富な
鉄鉱石を得た。それを生かすべくルール地方の炭鉱に目をつけ
ベルギーとともにルールに進駐した。進駐すると工業地帯も占領
さらにはゲルゼンキルヘン市に1億マルクの罰金を課し、市民の
財産を没収するという形で徴収された。帝国銀行が保有していた
128億マルクの金塊は強奪され、ミュルハイム国立銀行支店に
保管されていた60億マルクの未完成紙幣を奪い、完成紙幣として
流通させ、これがハイパーインフレになる一因となった。

ただこれはやりすぎだと国際社会から非難が相次ぎ、没収した
炭鉱、工業地帯のドイツ人労働者は抵抗のサボタージュを行い
占領費用がかさみ撤退を余儀なくなされた。

第二次大戦の要因は1920年代末に始まった世界大恐慌の影響
は見逃せない。この世界大恐慌が各国の貿易の縮小、ブロック
経済化を招き、それが戦争の重大なきっかけになった。

ただ大恐慌前のドイツは経済的な安定を取り戻した。
1923年のハイバーインフレは銀行融資をストップさせて、1兆マルク
を1レンテンマルクにすることで収束した。
1924年以降、アメリカをはじめ外国から投資が大量に流れ込んで
きて、ドイツの生命線である輸出は順調に回復していた。
薬品、フィルム、自動車、化学繊維など各産業が大きく発展した。

ただし、ドイツはベルサイユ条約による賠償金という負債を抱えて
おり、米国からの投資がストップすればたちまちどうにもならなく
なる状態だった。

1924年4月ドーズ案と呼ばれる新提案がなされた。
賠償金支払い額を減額したうえ、ドーズ公債という債券を発行し、
アメリカから借款して、それを賠償に充てる。アメリカはドイツに
投資して、ドイツはその金で連合国に賠償金を支払う。
連合国はその金で米国へ戦債の元利支払をするという資金循環
の流れが作られた。

ドイツは70億マルクの外国資本を受け入れた。うち50億マルクが
米国からのものだった。このドーズ案では更に賠償金をマルクで
支払うことができるようにした点である。トランスファー保護規定
と呼ばれるものである。これまでの賠償金はマルクではなく、
相手国通貨で払うことが義務付けられていた。だからドイツは
常に外貨を保有していなければならなかった。それが大きな負担
になり、ハイパーインフレの原因の一つになった。
この規定によりマルク価値の下落に連合国側は配慮しなければ
ならなくなった。だからマルク下落のリスクが低くなり、ドイツに
投資が集まるようになった。

ただこのドーズ案では賠償の総額や支払い続ける期間を定めて
いなかった。それを決めるために1929年に開かれた会議で、ヤング
案が決定された。これにより賠償額は当初額の1/3に減額された
が、トランスファー規定が廃止された。つまり賠償を外貨で払うこと
になり、ドイツは外貨を買わなければならないため、マルクの価値
を下げるリスクが出てきた。イギリスの経済学者であるケインズは
これに強く反対した。

これによりドイツに投資されていた資金がアメリカへ流れ、株式市場
を加熱させた。ドイツ経済はこれにより崩壊へ向かう。
アメリカがドイツへ投資し、ドイツはそれで英仏に賠償、英仏は米国
に戦債の支払いをする。ドイツが破たんするとこの循環が途切れる。
アメリカが持っていた戦債は70億ドル。これは米国のGNPの10%
にあたる。そして米国株式市場は1929年10月に暴落する。

結局、ヤング案以降ドイツの賠償支払や英仏の戦債支払は未払い
になった。経済とは自分だけ潤うことはできない。相手を叩きのめせ
ば、自分がいくら金をため込んでも取引する相手がいなくなる。
そうなれば自分も富を失う。相手が健全だからこそ、自分も潤うのが
経済の原則なのだ。

2.ナチスが台頭した経済的要因

ヒトラーは600万人の失業者を抱える大不況の中、1933年1月に
政権の座についた。その3年後には100万人程度まで減少させ、
1928年の状態までドイツ経済を回復させた。
1936年の実質国民総生産は1928年を15%上回った。

ヒトラーは1933年2月に第一次4か年計画を発表。

・公共事業により失業問題を解消

・価格統制をしてインフレを抑制し

・疲弊したの明、中小手工業者を救済

・ユダヤ人や戦争利得者の利益を国民に分配する

・ドイツ経済界を再編成する

ヒトラー政権以前の公共事業は3億2000万マルク。
ヒトラーは初年度から20億マルクを予算計上した。
1万7000キロにおよぶアウトバーン建設計画を発表した。
そして資金捻出のため帝国銀行総裁にシャハトを就任させた。
シャハトはどの程度ならインフレを発生させないか計算し
16億マルクという数字をはじき出した。未消化分の6億マルク
と合わせて資金をねん出した。

ナチスドイツが領土拡張政策を推し進めたのは自給自足経済
を確立するためである。それは世界恐慌以降、世界経済は
ブロック化してしまい、貿易が非常に不安定になっていた。
もう一つの理由は戦争である。戦争になれば貿易はストップ
してしまう。ヒトラーは世界経済が万事順調にいっているときは
輸入を増やすのはたやすい。しかし状況が悪くなると動きが
とれなくなり、外国はそこに付け込んでゆすろうとするという
言葉を残している。ドイツは第一次大戦の経済封鎖に懲りて
いた。

3.日本とイギリスの経済戦争

戦前の日本とイギリスの関係には日本の急激な経済成長が
大きく影響している。戦前の日本の経済成長は明治維新以降
一貫していた。明治維新から第二次大戦前まで70年間で日本
の実質GNPは6倍、実質賃金は3倍、実質工業生産は30倍
実質農業生産は3倍になっている。

この経済成長が英国との関係を大きく変えた。
明治初期は船舶のほとんどを英国から輸入していた。
しかし1896年造船奨励法により、船の建造に補助金が出さ
れるようになった。また航海奨励法も施行され、日本製の船
を買った船主に補助金を与えられた。これにより日本の造船業
は大きく躍進。1910年頃までには国内の船舶需要はほぼ
賄えるようになった。以後、輸出国になった。

第一次大戦を機にヨーロッパの工業生産が落ちんだために
日本は造船量を激増させた。第一次世界大戦間だけで
184隻40万トンの船舶を欧米に輸出した。大戦後には
米国、英国に次ぐ3位の造船国になった。

綿製品はイギリスの覇権の象徴だった。
綿製品関係の国際貿易を一手に引き受けていた。
このイギリスの重要分野に日本が挑んだのである。
イギリスは日本より人件費が高かったため、日本製品に
歯がたたなかった。

世界大恐慌により、1929年~1931年までの間、日本の
輸出は半減してしまった。経済回復は1932年には恐慌前
の水準に戻った。その理由としては円の為替安による輸出
振興策をとったことが大きい。そして1925年重要輸出品
工業組合法が制定され、厳しい品質検査を行うことになった。
品質を向上させて競争力をつけた日本製品。
1929年100円=49ドルだったのが、1933年に25~23
ドルまで低下していた。結果、日本はインド、東南アジア、
オーストラリアなど欧米植民地に急激に輸出を伸ばした。

イギリスはブロック経済化を進める。
1931年3月にインドへの綿製品の関税をイギリス20%、
それ以外25%、1933年にはイギリス25%、それ以外75%
という高関税になった。日本はインド市場から追い出され
満州へ向かうことになった。

日本は満州国の問題で国連を脱退する。
国連脱退の理由もまた経済的な問題だった。
国際連盟では違反国に対して経済制裁できるという条文がある。
経済制裁できるのは国際連盟に参加している国という規約が
あったからだ。事実、日本に経済制裁は行われなかったし
日本もまた国際連盟のILOなど諸団体にはとどまっていた。

4.満州利権を狙っていたアメリカ

・日露戦争後、日本が獲得した南満州鉄道は米国人実業家エドワード・ヘンリーハリマン
 と日本が合同経営することになって、桂太郎首相とハリマンとの間で合意までなされたが
 小村寿太郎の猛反対によって日本単独経営になった。

・アメリカの綿製品は満州市場へ進出していたが、日本製品に駆逐された。

・アメリカはイギリス、フランス、ドイツが一体となって行う四か国借款団をつくって日本を
 誘った。どこかの国が抜け駆けしないように中国への借款は4か国一体となって行う。
 目的は日本の中国における権益拡大を抑えるためである。
 日本はアメリカの動きを警戒して1910年には第二次日露協商が締結された。

・1922年にはアメリカの呼びかけにより9か国条約が締結された。
 中国の主権を尊重し、中国市場の門戸開放、各国の機会均等をうたったものだ。
 日本は1920年に新四か国借款団に加入させられている。

・日本は南満州鉄道だけでなく、鉄道付属地も譲り受けていた。
 沿線の都市の事実上の行政権も獲得した。
 鉄道付属地のなかには豊富な埋蔵量を誇った撫順炭鉱があった。
 1924年張作霖は東三省交通委員会という鉄道を英米からの借款で並走させた。
 1928年と満州事変勃発の1931年を比較すると、南満州鉄道の収益は全体で
 1/4に激減している。

・ソ連政権成立によって建国とともに中国と結んでいた条約は全て破棄している。
 よって東清鉄道は宙に浮いた状態だった。日本は満州事変でそれを獲得した。

5.軍部の暴走に日本国民は熱狂した

・格差社会が軍部の暴走を招いた。
 労働者の日給が1~2円、大卒初任給が50円の頃、三菱財閥の一族は430万円
 もの年収があった。現在に換算して500億円である。

・当時の軍人は低収入であり、戦争があれば特別手当がかさ上げされた。
 そうしたことが暴走を招いた一因であった。

6.世界経済を壊したアメリカ

・1923年末にはアメリカは世界の金の4割を保有していた。第二次大戦終了時には
世界の金の7割を保有した。

・金本位制では金の減少が続くと通貨の流通に支障をきたし、デフレ状態になり産業
 が沈滞する。

・当時はどこかの国が貿易黒字をため込むことは悪いことだという認識がなかった。
 金をため込んでも、それを積極的に吐き出そうとか、他国の金不足を支援しようという
 試みがなかった。そもそもアメリカは貿易をそれほど必要をしていなかった。
 1929年の米国GNPに対する貿易の割合は輸出が5%、輸入が3.4%でしかなかった。

・1930年6月、アメリカはスムート・ホーリー法を成立させる。この法はアメリカの輸入に
 関して約2万品目の関税を大幅にあげる法律である。これによりアメリカの平均関税率
 は40%にも達した。これに対してイギリスも英国連邦以外の国に対して高い関税をかける
 オタワ会議を開催して決定した。世界はブロック経済化して世界貿易は縮小した。

・アメリカは1938年11月の日本政府の東亜新秩序の発表に激怒。以降対日強硬に出る。
 1939年7月には通商条約を破棄。1940年、ドイツは欧州新経済秩序を発表。
 ドイツ占領地域はマルク通貨にして、資本、労働力、商品の往来を自由にする。
 そして金本位制を離れた管理通貨制度の金融システムを行うことだった。
 これは世界の4割の金を保有するアメリカは見過ごせない。またドイツ製品と競合する
 ヨーロッパ市場でアメリカ製品は駆逐される。このままでは経済大国の地位がなくなる
 ことを恐れて、参戦へ道を進むことになる。

・1941年7月24日、日本軍による南インドシナ進駐に対して米国政府は在米資産凍結を
 行った。当時ドルは唯一の国際通貨だった。これが資産凍結により一切使えなくなって
 しまった。これにより石油、食料、資源などが輸入できなくなった。










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