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日本人が知らない日本の道徳 田中英道

日本人の宗教観というのはどういったものなのか?
日本人は古事記、日本書紀の時代以前から、神も
自然から生まれてきたと解釈してきました。
この世界観を著者は自然道と呼んでいる。
自然道とは神道であり、日本の宗教なのです。
自然が人間に教える道は、ひたすら自然に従って
生きるということの重要性である。

古来、人の生き方として、力の支配ではなく、秩序に
従うほうが大事であることを日本では教えてきている。
そこからして西洋とは考え方が違う。自然道では人生
の時間的な長さによって、敬うか敬われるかが決まる。
独りの人間は絶えず敬う存在にも敬われる存在にも
なる。1つ年上なら先輩になる。そういう自然な感覚が
基本となって日本の道徳はできている。この秩序感が
一番自然であることを日本の神話は強調している。
これは年功序列という秩序倫理観につながっている。

自然道という思想を日本人が身につけてきた背景は
日本の自然のあり方の影響が大きい。日本の場合は
人工的な都市をつくる必要がなかった。自然を探求
しながら、自然に従って暮らしていれば、一人でも
生きていくことができた。国土は海に囲まれ、海の幸
山の幸にも恵まれ、外敵の脅威もない。自然とともに
いきる縄文時代が15000年も続いた。自然にどうやって
従うか日本人が生きる規律を学んだ。また農業が入って
きて、自然に従いながらも自然を変えていくという視点が
加わった。農地を皆で耕す作業が必要になって、人との
関係ができる。お互い助け合わなければ生きられなく
なった。そこで共同体の営みを円滑にするための感情
が生まれる。そのもっとも象徴的なのが人に迷惑をかけ
ないである。独りで生きられるという前提がないと、この
ような感情は出てこない。

他人のお世話になって生きる。共同体のお世話になる
他人は経験豊富な年長者である。年長者を敬い、尊重
する年功序列の秩序感が生まれ、日本の道徳になった。
日本では共同体そのものの機能が年功序列によって
出来上がっているため、言葉、文化すべてがこの秩序感
を反映している。天皇が偉いのは現代まで125代続いて
いる一番長い家系であるから。年上のポジションには
長、先生がつく。日本では年功序列の秩序が守られている
最小単位が家族であるために、共同体のサイズが大きく
なっても人間関係を家族意識でとらえる傾向がある。

家族を中心とした共同体、家族を中心とした国家。
共同体メンバー皆を家族として捉えれば、自ずと無私の
愛情が基本となって道徳ができあがっていく。規律にも
情がある。おかげ様という言葉は、今を生きている人間
だけでなくご先祖様にまでまっすぐ伸びている。

日本には道理というものがある。
道理というのを世の中を支配する概念として論じたのは
慈円による愚管抄であるとされている。源平合戦の大きな
戦乱を経て残ったのは皇室である。その皇室こそが道理の
基本である。そして道理に基づいて北条泰時によって
御成敗式目が制定された。道理とは日本の自然道と関連
し、もともと名付けようもなく存在していた生きる規範の
ようなものだったを道徳としてとらえ道理と名付けた。

自然道に基づく道徳観を説明したのが聖徳太子によって
定められた十七条の憲法である。共同体を優先せよ。
個人を優先して調和を乱してはならない。人にはおのおの
の役割分担がある。適材適所を心掛けることで初めて和
を作り出すことができる。仏教の教えは日本人の自然観
に合致している。分を守るという態度が日本をつくるため
の基本となる。民を治める官僚は礼を持って根本とせよ。
自然の中では人はすべて平等である。真心を持って事
に当たれ。人は皆凡夫に過ぎない。賞罰を間違っては
いけない。公平でなければならない。これらに示されて
いるのは民主主義の概念である。重要なことを決める
には多くの意見を聞かなければならない合議制を
重視し、その合議をするのを衆としている。
共同体の運命を重視している。共同体の和を維持する
ために独裁者を生まないシステムをとっている。

十七条の憲法は必ずしも道徳律ではなく日本の共同体
の理想のあり方を示す法であった。道徳と言えば善悪の
判断基準を示す、正義を説くというのは西洋的な考え方
であり、日本人は善悪は相対的なものであり、状況に
よって変化する流動的なものを言葉で定義しても意味が
ないと考える。善悪や正義よりもまず和を尊ぶ。
具体的には人間関係を大事にすることで、自ら正義なり
秩序が共同体に生まれてくる。その人間関係を大事に
するために上も下も和らぎ睦ましく話し合うに象徴される
ように自然道の平等観に基づく上下関係を重視する
態度が尊重される。常に年齢を意識することで自ずと
人々の関係が円滑に維持されるというのが、日本人が
それまで経験を積み重ねて身につけてきた知恵である。
十七条の憲法をコンパクト化したのが五箇条の御誓文である。
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知性とは何か 佐藤優

いま日本には反知性主義が蔓延しているという著者の問題意識から
書かれた本です。反知性主義とは実証性や客観性を軽視もしくは無視
して、自分が欲するように世界を理解する態度のことを言います。

政治エリートに反知性主義者がいると、日本の国益を損なう恐れがある
と著者は主張しています。知性を軽視することは社会を弱くする。
社会を弱くすることは国家も弱体化する。社会と国家が弱体化すれば
そこで生活する一人一人の生活が苦しくなる。

反知性主義に対する処方箋は知性を体得し、正しい判断には然り、
間違った判断には否という判断をきちんとすることだ。そのためには。
1.自ら置かれた社会状況をできる限り客観的に捉え、それを言語化
すること。自分の考えをノート、PC、スマートフォンなどに記録する。
2.他人の気持ちになって考える訓練をすること。
3.ラインなど話し言葉の思考ではなく、頭の中で自分の考えた事柄
を吟味してから発信する書き言葉の思考を身につけることだ。

このような知性強化をする作業を繰り返すことで、信頼、希望、愛など
目には見えないが確実に存在する事柄を掴むことができるようになれば
反知性主義を恐れる必要はなくなる。

・物事を判断する3要素。事実関係、認識、評価である。
 一つの事実関係にどのような認識を持つか、複数の見方があることを
 理解するようになると思考の幅が広がる。そのうえで評価する。

・帝国とは何らかの理念によって結合された広域を支配する国家である。
理念がないと帝国は形成することはできない。

・帝国の原理を持たない広域国家、ヘゲモニー国家は帝国主義になる。
 例えば中国。

・反知性主義者は知性を憎んでおり、筋道が通った論理的かつ実証的
 な言説を受け止める気構えはない。だから反知性主義者を啓蒙に
 よって、転向させる戦略はほとんど無意味である。知性の力によって
 反知性主義者を包囲していくことが有効である。それは言葉の力だ。

・知性は書き言葉によって担保される。書き言葉が衰退するということは
 読む力も衰退するということです。

・物事を理解する時2つのアプローチがある。現象論と存在論だ。
 存在論とは目に見える現象の背後にある、目には見えないが確実に
 存在する事柄をとらえるためのアプローチである。
 目に見える現象がなぜ起きるのかを探求していくのが存在論だ。

・客観性、実証性を軽視もしくは無視して、自分の欲する世界を解釈する
 という態度は、自分を騙すという能力でもある。

・効率的な読書とは現時点で自分の理解できる本と、そうではない本を
 仕分けることだ。読んで難解な本は言葉の定義がなされていない、
 定義が恣意的で論理の整合性がないもの。あとは積み重ね方式の
 知識が必要なものだ。

・数学力と論理力がいまの日本には必要。

物事を一面的に見るのではなく、様々な角度から見る。あるいは自分とは
反対の意見の話に耳を傾けてみる。その話に客観性、実証性、論理的な
整合性があるのかで話の質を判断する。相手の立場になって考える。
そういう重厚な思考が今の日本社会に求められているのではないかと
思った。
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