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天皇にとって退位とは何か 本郷和人

天皇陛下の生前退位と皇室の歴史が簡潔に書かれていてわかりやすい。
現代を生きる私たちが行動する上での基準は法律や憲法である。
では天皇の行動とはどういうものが判断基準になるのか。それは
先例主義を非常に重視している。

生前退位を可能にするため今後、皇室典範を改正していく場合、本来
なら先例が大切になってくる。これまでの歴史を顧みる作業が欠かせない。
当然歴史学者が発言する必要性がある。世間一般で天皇家の伝統に
ついて言及する際に明治維新以降150年ほどの歴史を前提にしただけの
発言が多い。しかし平安京へ遷都してからも一千年の歴史がある。

歴史的に考えた場合、権力者にとって何が一番大事な権利や権限で
あるのかと考えると、自分自身の判断で後継者を決めることである。
後継者を誰にするかは非常に大きな問題である。自分の意思で退位
することができれば必然的に後継者問題が発生し、それに対して発言力
を持つことになる。やめた場合に誰が次の天皇になるのかという問題が
非常に大きい。そういう際に政治利用されないようにするというのが
皇室典範を作成する際の思想的な本質である。それが意味するものは
明治政府を作った元勲たちがどのような天皇像を求めていたのか。
位を巡って政争が起きることは絶対に防ぎたいと考えた。

皇室典範を改正するということは、皇室について様々な考えの人がいる
状況で、女性天皇や女系天皇についてなどタブー視せず広範かつ国民的
議論をし象徴天皇制のあり方を模索していくことにつながる。

日本は江戸幕府の統治のもとでは各藩バラバラで一つの国家という
意識は非常に弱かった。その日本をひとつにまとめるためのシンボル
として明治政府は天皇という存在を守り立てていこうとした。
明治政府としてはもう一度朝廷の力や権限を担ぎ出されたくはない。
天皇が政治利用されることを極端に恐れた。

明治政府には、これまでの日本権力者と異なる姿勢が一つだけあった。
それは世襲をしなかった政府であるという点です。自分たちの権力を
子孫に移譲しなかった。彼らなりに日本の国をどう繁栄させるか真剣に
考えた結果だった。そこで唯一世襲が認められたのが天皇である。

実在が確認されている天皇のほとんどが生前退位している。
むしろ終身天皇の方がめずらしい。第50代くらいまでだと女性と高齢
な天皇が多い。しかるべき人を無事に即位できる時期がくれば生前
退位をして譲位することを前提にしている。50代以降になる藤原氏
の台頭が影響しており、その後の院政政治のための生前退位となる。

南北朝時代、持明院統と大覚寺統とに天皇家が分裂する。
その背景には鎌倉幕府という全く異なる立場の権力が天皇家に影響
を与えていた。伝統に支えられた天皇家はいまだに厳然たる脅威だった。
それならば二つに割ってしまおう。お互い争わせよう、そのうえで鎌倉幕府
は双方へ影響力を強めていった。この頃は生前退位が定番化した。

その後、戦国時代は生前退位は許されなかった。日本の歴史において
最も天皇家が経済的苦境に立たされていたからだ。それまで室町幕府の
足利家が最大のスポンサーだったが、それが傾いてしまったためスポンサー
不在の時代だった。その後、江戸時代は幕府に権限が集中し、天皇の権力
は無力化されていった。唯一、元号と暦を制定する権限があったが
それも渋川春海の登場により幕府発で暦や天体を見る方法をつくってしまう。

生前退位の4パターン➀摂関政治のなかで対藤原氏対策として退位
➁天皇家の中の争いで後継者を定めるための退位③武家や幕府の影響
で退位を求められる④女性や高齢者が中継ぎ的に即位し、後継者が定まる
と退位のケースに分けられる。

乙巳の変、大化の改新より天智天皇、天武天皇、持統天皇のあたりで
天皇家は他の豪族より優越する絶対的な存在なのだと理論武装が
なされる。それが日本書紀や古事記などの神話である。
聖武天皇仏教にも祝福される天皇ということで国分寺、東大寺などを
つくり、神と仏を車の両輪のように働かせて日本の国は守られている
神仏を祀る存在としての天皇の地位を確立していく。また統治方法に
律令制を導入。天皇家を中心に一つの言語を使う、一つの民族が
一つの国家を形成するということになっていく。

時代を追って生前退位が多くなったのは天皇の傀儡化が進んだ。
また武士が圧倒する軍事力を持ちながら天皇家を滅ぼれなかった
のは、朝廷が行っていた土地所有の仕組みを否定して、独自の
土地所有の仕組みを作り出すことができなかったことにある。
土地所有をはっきり認める公権力はなく、天皇、貴族、自社、幕府
など細切れに保障する状態だった。

国家権力がどう表れていくのか考えると、代表は軍事である。
日本が攻められたとき誰が戦うのか。誰が外交をするのか。そうする
とどう考えても朝廷ではなく幕府に外交権があった。

天皇が再発見されたのは江戸時代の儒学の発展である。
儒学は上下関係を重視する。名分論はその上下関係や身分秩序
を確定するための理論に過ぎない。儒教を学ぶと、藩主の上に将軍
がいて、そのうえに天皇がいることを認識する。

水戸朱子学を中心とする尊皇の考え方も普及していく。
尊皇の考え方が広まっていくと、将軍は一時的に政治を預かって
いるにすぎない。大政(日本の政治を行う)を預かっている存在に
すぎないという考え方も出てきた。尊皇攘夷とは天皇を掲げて
外国に対抗しようという概念が生まれてくる。

古代の天皇のように自ら兵を率いて軍事行動をとっていれば
どこかの戦に敗れ滅ぼされていた可能性は高い。
ですが、武力を持たない権威や別次元の存在として君臨できた
からこそ万世一系が保たれた。

日本人は世襲が好きだ。世襲のいいところは権力争いが激しく
ならないため、非常に穏やかに権力継承が行われる。

天皇について非常にわかりやすく簡潔にまとまっていていい
本だと思います。
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