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日本人へ~危機からの脱出編~

日本人へ 危機からの脱出篇 (文春新書 938)日本人へ 危機からの脱出篇 (文春新書 938)
(2013/10/18)
塩野 七生

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歴史の視点から現在を見るという点で面白いコラムだと思います。

勝ち続けながらも、一方では譲り続けたのである。
ローマが主導して成り立った国際秩序でもある。
パクスロマーナとはこの哲学の成果であった。

このイタリアとイタリア内にある米軍基地の関係がほぼ対等である
のに対して、日本と日本にある米軍基地の関係が対等ではないのは
われわれは自国の安全保障を、基地があるから抑止も働くという
思い込みに寄りかかって、アメリカに任せっきりにしているからであり
また、憲法を盾にして多国籍軍にも参加しないからである。

それが右にいってスミマセン、左へいってスミマセンでは、絶望し軽蔑
するしかないではないか。つまり、われわれは絶望し、アメリカ側は
軽蔑しているだろう。

今は昔、ルネササンス時代の人マキャベリは言っていた。
軽蔑されるより恐れられるほうがよい。なぜなら、軽蔑する相手には
ひどいやり方で対しても、恐れる相手には用心して慎重に対処する
ようになるからである。日本は軽蔑し、中国は恐れているのが現今
のアメリカでないことを祈るばかりである。

日本人には、個々別々ならば、相当な力を持っているのである。
ただし、それらをまとめ継続させることで一層の活用につなげる
トップが機能していないだけなのである。

苦境の打開にはとくに、笑いが効果ある。

本当のところ人間は自分自身の実力を正確には知らないからである。
他人が言うから、スポーツの世界ならば評論家のあげる数字、社会では
学校の成績や上司の下す評価あたりで、まあこの程度だろうと思い
込んでいるだけなのだ。ところがそれが、思いもかけなかったことによって
ぐっと上がる。ひょっとすると自分に力があるのかも、と思うようになる。
そして、これこそが生身の人間の面白いところだが、以前は思いもしな
かった力までも発揮できるようになるのだ。

ただし、これはかったからこそで、この反対になると、世に言う負けぐせ
におちいり、もう何をやってもダメということになってしまう。
そしてこの場合の唯一の自衛手段がシラケなのである。
何に対しても手を出さなければ、負けることはなくなるのだから。

要するに実力には客観性などないのである。
やれる!と思った瞬間に実力の方も上がってくる。
というわけで、自信を持つには人生という戦場で勝つしかない。

指導者に求められる資質は次の5つである。
知力・説得力・肉体上の耐久力・自己制御の能力・持続する意志。
ユリウス・カエサルだけがこの全てを持っていた。

知力

想定内であれば特別な才能は必要ない。想定外であった
からこそ求められるのが知力である。

説得力

自分と考えの同じ人々に向かって説明するのならば説得力とはいえない。
考えの違う人や疑っている人を説得してこそ、説得も力になるのである。

肉体上の耐久力

これはやると決めたことをやり遂げるに必要な期間を耐えていける肉体力である。

自己制御の能力

地位が上がり権威や権力を持てば持つほどその人には自由が制限される。
カエサルは不満があっても怒らない。カエサルは明確な目的を示したあと
一任するリーダーだったが、時にエラーする部下もいたが、若いため焦った
結果だと部下を救っている。

持続する意志

非常時とは、何事であれ想定外のことが後から後から襲ってくる時期のことである。
その奔流の中にいながらそれに流されないためには何が最も重要な課題かを
常に忘れないでいることしかない、継続は力なり。
本筋をきちんと押さえ、その線からは絶対に外れないようにしながら続けていく
からこそ、継続は力になるのである。

古代ローマとヴェネツィア、なぜ彼らは千年以上の長きにわたって
繁栄できたのか。第一は彼らが持っていた資質が他の民族より
優れていたわけではなかったのだが、その資質を十二分に活用
する才能には断じて優れていたこと。第二は、ごくまれにしか
つまりよほどのことがないかぎりは、玉と砕けようと正面から
激突するやり方にはちょうせんしなかったこと。

政治とは窮極のインフラストラクチャーである。
インフラを整備するところまでが政治の分野で、それをどう活用
するかは国民各自の自由。宗教や思想の分野に侵入したのでは
政治ではなくなる。そして、自らの守備分野を冷徹に認識できた
とき、人は凡から脱せる。つまり、政治志願者から政治家になる。

リーダーと権力者はどこが違うのか。
津波に襲われたときにどこへ逃げるのか即座に判断してそこに
人々を誘導できるのはリーダーである。津波が去ったあとの再興
を考えそれを強力に推し進めるのはリーダーであることを自覚した
権力者である。権力自体は悪ではない。リーダーを自覚できない
人間が権力者であった場合にのみ、権力は悪に変わる。

衆愚政とは、有権者一人一人が以前より愚かになったがゆえに
生じた現象ではなく、かえって有権者一人一人が以前よりは
声を高くあげ始めた結果ではなかったか。

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